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ただ僕は、遠くで見ていた。

(『ただ僕は、遠くで見ていた。』初出/'07.03.25)

 

   島のもんでにゃあで一緒には行かれせんて、そん時ワシは何でか素直に納得したんだわ。

   故意に伏せられた「二択」に、ワシは気付きゃあせんだった。

 

 特戦部隊のおっさんたちや一族の人たちと、すっかりパプワ島の住人になってまった刺客のみんなが地上でごちゃごちゃしとらっせる頃、こっちに来てからずっとコーモリの姿でおったワシは、島の地下にぱぁっと広がっとる洞窟みてぁなトコにおった。パプワ島の地下にこんな場所がありゃあした なんて、ワシ知らんかったがね。
 そこには、毎日パプワハウスにみえとりゃあしたもんから、普段はほとんど顔も見ぃせんだったよぉなナマモノまで、この島のあらゆるもんが残らず集められとったんだと思う。シンタローと一緒におるはずの、あのガキと犬の姿が見えたでよ。
 洞窟の一番奥にある、方舟をいざらかす扉。それが、「未来」とか「希望」とかゆうもんに繋がっとらっせるんか、ワシには今でもよぉ分かれせん。ワシにとってそれは、ワシらとパプワ島の全部を隔絶する扉。それ以上のもんでも、それ以下のもんでもにゃあて。
 「扉の向こうはノアの方舟……」
 その扉にカギみてぁに嵌められとる二つのまぁるい石。その赤い方が、ピカピカ光って言えぁした。石が喋るくれぁのこと、この島に長えことおったら、今さらビックリこきゃあせんて。
 「私たちを新たな聖地へ導いてくれるでしょう……」
 したらよ、その言葉に呼応するみてぁに、ワシはコーモリから人間の姿に戻れたんだわ。ワシこっちはどえりゃあビックラこいてまったでよぉ。手違えとはいえ自分でかけてまった魔法だで、自分で戻れせんとカッコつけせんて今までいろいろ試しとったに、どぉにも元に戻れせんかったもんでね。プライドは、ちょーこっと傷付いてまったかね。
 ワシはたぶん、選別されたんだがや。いくらコーモリの姿しとっても、ほんとは島のもんでにゃあでね。でもワシは、本当の姿に戻っても戻れせんでも、きっと一緒には行かれせんのだって、どっかで分かっとったんだと思う。
 島におる間、アラシヤマと一緒に仲良くしてくれぁしたテヅカくんが、ワシの側に寄ってきてよ、小せあ目に涙溜めて哀しい声でピーピー鳴くもんで、まあこ れでお別れなんだわぁって思った。ワシは、自分でかぶっとった帽子を合うように小っちゃあして、テヅカくんにかぶせた。餞別のつもりだったんだわ、他になぁんも持っとれせんかったもんで。
 「これやるでよー、ワシのこと、忘れんでちょおでぁよ」
 サヨナラとかありがとうとか、言いたくなかったわぁ。いつかまた会えたらええがねって思っとったでよ。
 「元気で……!」
 でも本当は、まあ二度と会うことは無いかもしれせんて思えてよ、それ以上ワシはなんにも言えれせんかった。テヅカくんのあったかいの忘れせんよぉに、ぎゅっと抱きしめることしかでけせんかった。
 「俺も行く!!」
 そんな時だったわ。えれぇ大っきい声が洞窟に響いて、島のみんなが別れを惜しんどる厳かな空気をぶち破りゃあしたんは。あの兄さまぁは一体何を言っとりゃあすの。ワシは頭の中が真っ白になってまったがね。
 確かあれは、特撰部隊の兄さまぁだったと思うわぁ。何でそんなとこにみえたんか知れせんけど、全身まっくろけのレザー着とりゃあしたし、たぶん間違っとれせんと思う。
 ワシは、その兄さまぁがまっすぐに前を見て、聞かれとれもせん「二択」から自分の運命を択びとる瞬間を、ただ、遠ぇとこで見とった。
 「俺はこの島を守る、番人になりたい……!」
 目の前で起こってござったに、えれぇ遠ぇとこで起こっとることみてぁに、ワシは、ただ見とった。強え意志が宿っとらっせるんだね、青い瞳がキラキラしとって、何だか眩しかったわぁ。赤い石や、何でかシンタローにそっくりの、赤の番人とかゆう兄さまぁと必死に何か言い合っとりゃあしたが、ワシの耳にはまあ届けせんかった。
 どんくらいぼっとしとったか自分では分かれせんけど、ふいにマントの裾を引っ張られたもんで、ワシは我に返ったんだがや。振り向いて下見たらよぉ、パプワが、一輪の花をワシの方に差し出しとったんだわ。
 「シンタローに、渡してくれ」
 パプワは、いっつもみてぇあなポーカーフェースで言ぇあした。その花は、前にこの子が死んでまうような重い病気した時に、シンタローが命を掛けて採って きたもんなんだって、ワシ、アラシヤマから聞いたことあったんだわぁ。炎の崖まで行きゃあしたげな。そん時のワシには何でか分かれせんかったけど、アラシ ヤマがえれぇ優しい目をしとりゃあしたの覚えとるがね。そこにあったのは、シンタローとパプワの絆ゆうもんだて。きっとそれは周りにおるもんまで、優しい、ぬくとい気持ちにしてくれるもんなんだわ。だってよぉ、その花をパプワの手から受け取った時、ワシの胸だってじんとぬくとまったで。
 「……ありがとナ」
 パプワはワシに背中を向けると、ポツリと言ぇあした。シンタローへの、言伝だわ。ワシが伝えなかんのだね。まあ直接言えれせんのだね。それでもこの子 は、泣きゃあせんのだね。でもワシは、きっと心の中では泣いとらっせるんだと思ったでよ。小せあ背中が、そう言っとりゃあすわ。
 「さあパプワよ、扉を開く鍵となる言葉を……!」
 ヨッパライダーが、どできゃあ手でパプワを促す。その時に向かって。聞きたくなかったわぁ、耳を塞いでまいたかった。イヤだったんだわ。サヨナラしたく なかったがや。パプワがシンタローに、なんも言えぁせんで行ってまうのもイヤだったわ。何でワシしかおれせんの。テヅカくんと離れたくなかったわ。あんな に仲良くしとったに。ずっとここで、この島で、みんなで楽しく暮らしたかったわぁ。
 サヨナラは、イヤだがや。
 「まっ、待ってちょお!ほんとに何にも言ぇあせんで、行ってまってええんかね!?」
 ワシは必死で言ったけど、パプワは背中を向けたまま、なんも応えてくれせんかった。あの犬は、淋しそうな顔をしてこっちを振り向いてくれぁしたわ。いつ だってあの犬は、なんも言えせんパプワの気持ちをよーく分かっとりゃあしたで、そんな顔して振り向いてくれゃあすなら、ほんとはパプワも行きたくにゃあって思っとるんでにゃあの。ありがとおって、自分でシンタローに言いたいんでにゃあの。泣いてまいたいんでにゃあの。
 「ぼくが決めたんだ」
 パプワは、ワシが思っとったよりずっとキッパリしっかり言ぇあしたわ。ワシは、知らんで択んどったんだわぁって、やっと分かった。ワシは、ワシの意思で、一緒には行けせんのだって。
 「さよなら」
 決然と響くパプワの声に呼応して、運命の扉が開いた。そこに、ワシだけを残して。ワシはなんも言えれせんかった。引き止められせん。邪魔もでけせん。だって、ワシもパプワも選んだんだなも。
 ───別離を。
 あの子は、ワシよりもずっとずっとガキのくせに、泣きゃあせんのだわ。こんな時までまぁだ我慢しとりゃあすの。強い子だがね。泣きてぁ気持ちよりまっと 辛いことを、我慢しとらっせるんだね。泣きてぁ気持ちよりまっと大切なものを、大事に守っとらっせるんだわ。
 ワシがここで泣いてまったらかんて思ったけどよぉ、涙が後から後からボロボロ出てくるもんで、ワシはまいっちょ帽子を出して深ーくかぶり直してよ、 ぎゅっと押さえつけて堪えとったんだわぁ。だもんで、島から遠ざかっていく方舟の姿も、パプワや他のみんなが最後にどんな顔してみえたんかも、ワシは見とれせん。
 ワシのマントを強え風がなぶったもんで、ああ、行ってまったんだわぁって分かった。

 

 ワシがみんなに合流した時には、もぉはい全部終わってまった後みてぁだった。シンタローにあの花を届ける間、ワシは何て説明したらええかねって勘考しとったけど、結局あんばよー言えれせんかった。
 「ワシは島のもんでにゃあで、舟には乗せてもらえんかった」
 ワシは嘘こいたかもしれせんて思ったけどよぉ、 択ぶチャンスさえ与えられせんかった人に、ほんとのことは言えれせんて、思ったんだと思うわぁ。運命を自分で選んだ兄さまぁのことは、いつかシンタローも 知ってまうんだって分かっとったけど、今は言えれせんって思った。
 「どこ行っちまったんだよ、アイツ……、勝手によォ……」
 消えてまいそうなシンタローの声が聞こえたわ。シンタローはパプワからもらった花を握りしめて、きっとあの子の想いを握りしめて、泣いとりゃあしたんか もしれせん。いっつもちょーすいとって、えばり散らしてござったに、そん時のシンタローの背中はどえりゃあ小さく見えてよ、帽子のつば越しに見たその光景を、ワシは一生忘れせん。

 

 高く青い空に響いたパプワを呼ぶシンタローの声は、いつまでも耳の奥に残っとって、ワシは今でもたまに思い出す。
 択ぶことのでけせん人に、択ぶ機会のなかったことは、運命だったと、ワシは思う。
 家族も友だちも想い出も、今の自分を作っとる過去の全部を捨ててまっても、まっすぐに前を見て自分の運命を選べぁした兄さまぁ。あのイジワルな二択から 一緒に行くことを選ぶには、どんだけの意志の強さと覚悟がいったのか、ワシには想像もつけせん。ワシは、選択肢の存在に気付きもせんで選んでまったもんで ね。
 でもワシは、シンタローに意志も覚悟もなかったとは思っとれせん。あの人は、なんもかんもイッコも諦められせんもんで、なんも選ばれせんかった。ただ、それだけだがや。
 だもんで、あの時、パプワにもらった何かをシンタローがまだ握りしめてみえるなら、いつかあのガキとシンタロー自身のために、きっと「択ぶ」時が来ると、ワシは思うわぁ。

・了・