1. TOP
  2. 南国少年
  3. 字版
  4. ぐそく

ぐそく

(『OK! Baby Joe』初出/'94.11.23)

 組織と、己が一族のすべてを裏切り出奔した男を追ってここに辿り着いてから、いかほどの時間が経っただろう。
 太陽は常に密なる緑を焦がし、落つれば満天の星が海にも瞬く。潮騒と木々を渡る風の声、天が思いついたように突如として激しく打ちつける雨の音、大地の匂い。ただそれだけの一日が、おそらく誰も知らない太古から未来に渡り、幾度となく繰り返される。時間の概念は、この島ではいささか意味を成さぬことのようにも思えた。
 そんな一日を、もう数えるのもやめてしまったが、いくつか過ごしながら、アラシヤマは早くあの男の首級と青い石を携えて、無機質で淀みのない力だけが支配する、在るべき場所に帰りたいと願っていた。
 生来、明るい場所は得手とするところではなかったし、この島に降りそそぐ太陽の熱は、自分の中の何かを瓦解させてしまうように思えたので、彼にとって非常に不快であった。
 早く帰りたい。
 それは組織からの命を果たす以上に、長きに渡って自らの上に存在し続けた目障りな男を葬り去り、ナンバーワンの二ツ名と、己が誇りの充足を手に入れるために重要な意味があった。
 だが、彼は何故か、安穏と島での日々を過ごすターゲットに対して、特に夜討ちを目論んだりすることはなかった。たまにその、窓では仕切られていない家の中の、自分にはついに見せなかった満ち足りた寝顔を、何を思うでもなく眺めては、涼やかな月の下を徘徊した。
 忘れてはならないと定めた何かを、きっと忘れまいとするように。
「……痛った!!」
 濃い緑の生い茂る中で、アラシヤマは何かに蹴つまずいて派手に転倒する。誰に見咎められたわけでもないが、他人に足もとを掬われたことなどないと自負する彼にとって、おそろしく屈辱的な醜態であった。
「なッ何や!?」
 怒りに声を荒げながら、足下に邪魔くさく転がっていたものを拾い上げてみる。
「具足……」
 持ち主は容易に想像できた。この常夏の南の島を、こんな重装備のままウロウロしている脳タリン、どう思考を巡らせても彼にしか思い当らない。
 転々とだらしなく脱ぎ捨てられた手甲臑当の類いを追って見れば、果たしてその先に、椰子の根元に巨体を転がし、何とも幸せそうに高鼾をかいている男の姿があった。装備はその辺に転がっていたのだから、もちろん身に纏っているのは小袖と括り袴のみである。
 何と号しただろうか、趣味の良い拵えの愛刀を小脇に抱えてはいるものの、そこに戦人の姿は欠片もない。殺しても死なない程の丈夫だとて、いくらなんでもこの緊張感のなさには目眩を覚える。無防備極まりない。
 この男は一体、ここへ何をしに来たつもりなのだろう。
 殺してやろうか。アラシヤマは、一瞬、理解しがたい焦燥感に襲われると熱をこめて手刀を振り上げる。
「……」
 辺りが殺気で満たされても、変わらず男は高鼾をかいているので、まるで戦意をそがれた。
「……阿呆」
 道中拾った手甲を彼の頭に命中させてみたが、彼はうめき声をあげるだけで一向に起きる気配も見せなかったので、そのまま、その巨体の横に腰を降ろすと瞼を閉じた。
 自分は一体、ここへ何をしに来たつもりだったのだろう。
「仕様のないお人やな」
 昨晩と明晩と同じように、南国の空と海には数え切れない程の星が瞬いている。
 いずれ男は目を覚まし、時には休養も必要だと屈託もなく笑うだろう。

・了・